宗教法人の解散とは、宗教法人としての法人格を消滅させることをいいます。解散は、宗教法人が自らの意思で解散を決める「任意解散」と、法律上の理由による「法定解散」があります(宗法第43条第1項、2項、第80条第1項、第81条第1項)。
法人格を消滅させると、宗教法人として権利義務の主体となることができなくなります。そのため、宗教法人名義で財産を所有することもできなくなるので、持っていた財産関係を整理する必要がでてきます。これを清算といいます。
解散によって、宗教法人は清算法人となり、清算法人は、清算する目的のために活動し清算が終了するまで存続します。
なお、全財産を包括承継させる合併や、裁判所主導で整理される破産手続きによる解散では清算手続きは不要となります。(宗法第49条第1項)。
目次
任意解散の手続
宗教法人がその活動を終え、法人格を消滅させる方法の一つに、法人の総意に基づく「任意解散」があります。これは、法律で定められた特定の事由によって解散する「法定解散」とは区別されます。任意解散は、信者や利害関係人にも大きな影響を与えるため、宗教法人法に定められた厳格な手順に従って進めなければなりません。
ここでは、その手続きを4つのステップに分けてご説明します。
規則上の手続
宗教法人が自らの意思で解散することを決意した場合、まず、規則で規定された内容に従って手続を行います(宗法第44条第2項)。規則に解散に関する規定がない場合は、責任役員会において、責任役員の定数の過半数の議決をもって決定します(宗法第44条第2項、第19条)。
公告
解散は、前述した合併と同様に、信者その他の利害関係人にとって重大な問題です。そのため、解散する事実を事前に知らせることで意見を述べる機会を作る必要があります。
そこで、解散しようとする宗教法人は、信者その他の利害関係人に対して、解散に意見がある者は、一定の期間内(公告の日から2月以上の期間で定める)に、その旨を申し出るべき内容の公告をしなければなりません(宗法第44条第2項)。解散について意見が出た場合には、その意見について十分に考慮して、解散の手続をこのまま進めるかどうかについて、再度、検討しなければなりません(宗法第44条第3項)。
解散の認証申請
規則上の手続が完了し、解散に関する公告に対して信者その他の利害関係人からも意見が出ないまま意見申立期間が完了すると、各手続きを行ったことを証する書類を添えて所轄庁に解散の認証を求める申請を行います(宗法第45条)。
認証の申請を受けた所轄庁は、内容を審査し、規則を認証する場合と同様の手続に沿って処理します(宗法第46条、第14条)。なお、法定解散の場合は、認証手続は不要です。
任意解散の時期
任意解散の効力は、所轄庁が解散に関する認証書を当該宗教法人に交付したときに生じます(到達主義)。
法定解散
「法定解散」とは、宗教法人が自ら解散を決定するのではなく、宗教法人法に定められた特定の事由が発生することにより、法的に解散に至るケースを指します。
これには、法人の破産や合併といった事由から、所轄庁による認証の取消しや裁判所による解散命令といった、より強制力を伴うものまで様々な状況が含まれます。
ここでは、法律に列記されている6つの法定解散事由を順に見ていきましょう。
宗教法人の法定解散発生事由は、宗教法人法第43条第2項に列記されています。
- 規則で定める解散事由の発生
- 合併
- 破産手続開始の決定
- 所轄庁による認証の取消(宗法第80条第1項)
- 裁判所による解散命令(宗法第81条第1項)
- 包括宗教団体が包括する宗教団体の欠亡
規則で定める解散事由の発生
宗教法人は、規則で解散の事由を定めておくことが出来ます。解散事由は規則変更手続によって、設定、変更することも可能です。規則に定めた解散事由に該当する事実が発生すれば、当該宗教法人は解散することになります。
合併
合併によって、存続(吸収合併)又は新設(新設合併)される宗教法人以外の宗教法人は、合併によって解散することになります。
破産手続開始の決定
宗教法人が借金等の債務を弁済できなくなったとき、裁判所によって破産手続きの開始が決定されます(破産法第15条、第30条)。これにより宗教法人は解散となります。
所轄庁の認証の取消
宗教法人は宗教団体であることが前提です(宗法第4条、第2条)。所轄庁は、宗教法人が宗教団体としての実態を有していないことが判明した場合、当該宗教法人に対して行った設立や合併の認証を取り消すことができます。ただし、認証の取り消しは、認証書を交付してから1年以内に限られています(宗法第80条第1項)。認証の取消しによって、当該宗教法人は解散することになります。
裁判所の解散命令
裁判所は、宗教法人について次に定める事由があると認めたときは、所轄庁、利害関係人若しくは検察官の請求により又は職権で、解散を命ずることができます(宗法第81条第1項)。
- 法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。
- 第2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと又は1年以上にわたってその目的のための行為をしないこと。
- 当該宗教法人が第2条第1号に掲げる礼拝施設を備えることを要件とされている宗教団体である場合には、礼拝の施設が滅失し、やむを得ない事由がないのにその滅失2後年以上にわたってその施設を備えないこと。
- 1年以上にわたって代表役員及びその代務者を欠いていること。
- 設立又は合併に関する認証書を交付した日から1年を経過している場合において、当該宗教法人が宗教団体としての実態を有していないことが判明したこと。
この裁判所の解散命令によって、その宗教法人は解散することになります。著名な事案としては、宗教法人オウム真理教が、裁判所による解散命令によって解散した例があります。(最決平成8年1月30日、民集50巻1号199頁)。 - 包括宗教団体の包括する宗教団体の欠亡
包括宗教団体は、包括する宗教団体が存在しないのであれば、包括宗教団体としての要件を欠くことになりますので、解散します。
清算手続き
宗教法人が解散した場合、法人格は直ちに消滅するわけではありません。法人の財産関係を整理し、完全に活動を終了させるための一連の手続き、すなわち「清算手続き」が始まります。
この期間中、法人は「清算法人」として存続し、その中心的な役割を担うのが「清算人」です。以下では、清算人の選任から具体的な業務内容まで、清算手続きの流れを解説します。
清算人の就任(宗法第49条)
宗教法人が解散(合併及び破産手続きの場合を除く)すると、清算手続きに移行するため、清算法人として清算の目的の範囲内において清算結了まで存続します(宗法第48条の2)。清算人は、解散時に特に選任していなければ、代表役員又はその代務者が就任します。代表役員又はその代務者もいない場合などは、裁判所が選任します。また、解散が、所轄庁による認証の取り消しや、裁判所の解散命令による場合も、裁判所が清算人を選任します。
清算人の業務
【登記】
清算人は、就任後、解散及び清算人就任の登記を行います(宗法第57条、第53条、第52条第2項第6号)。また、清算が結了したときは清算結了の登記を行います(第58条)。いずれも、登記完了後は、登記事項証明書を添えて所轄庁に届出を行います(宗法第9条)。
【職務及び権限】
清算法人としての事務手続き、債権債務の清算、清算後の残余財産の処理を行います。清算人は、これらに必要な範囲で権限を有します(宗法第49条の2)。
【債権申出の公告】
債務の清算を行うため、清算人は、債権者に対して、清算人就任のときから2月以内に、官報にて、少なくとも3回以上の公告を行わなければなりません。広告は、2月以上の一定の期間を定めて、その期間内に債権の申し出を行うこと、及び、期間内に申し出を行わない場合は清算から除外される旨を附記した内容となります。知れている債権者に対しては、公告とは別に、個別に債権の申し出を求める催告を行います(宗法第49条の3)。
【残余財産の処分】
残余財産とは、債権債務の清算が全て終了して最後に残った財産のことをいいます。清算人は残余財産を次のように処分します(宗法第50条)
規則の定めに従う まず、法人の規則に処分方法の定めがあれば、その内容に従います。
他の宗教団体や公益事業への処分 規則に定めがない場合、他の宗教団体や公益事業のために財産を処分することができます。
国庫への帰属 上記の方法で処分されなかった財産は、最終的に国庫に帰属します。
残余財産の処理の問題と合併
前述しましたように、精算終了後に残った財産は残余財産として処分されますが、地域によっては処分が難しいところもあります。そこで解散ではなく合併という形をとることで同じ宗派内で他の末寺が引き受けるケースがあります。
合併によるの場合には清算手続きが不要になるため、解散して清算手続きして残余財産を他の宗教団体に帰属させるより手間は省けることになります。
まとめ
檀家離れが進み、更にコロナの影響も重なったことで経営に苦しむ宗教法人からの相談が増えてきています。新しいことに取り組むにも手段が分からず予算もないケースがほとんです。一方でどんどん拡大している宗教法人もあります。そのような宗教法人に積極的に引き継いでいくことも必要なのかもしれません。
全国に寺院は約7万7,000寺ある一方人口はどんどん減少しています。廃寺もたくさんあるなか、宗教法人の統合は今後増えていくと考えられます。
包括宗教法人内で、各末寺の現状を調査している宗派も多いかと思いますが、ジり貧のまま進むよりかは積極的に統廃合の支援に乗り出す方が結果的に教義を守ることになります。もうその時期が来ているかもしれませんね。