宗教法人が知っておきたい遺言書・任意後見・死後事務委任契約の基本

終活サポートを行う宗教法人が増えてきています。宗教法人が行う終活サポートといえば、葬儀・納骨に関することが多いですが、それにとどまらず遺言書の作成や死後事務委任契約の作成まで支援されるご住職様も増えてきています。非常に良いことですね。そこで、遺言書・任意後見契約・死後事務委任契約の支援を行うことを考えている宗教法人の方向けに、これらの基本知識を簡単にまとめてみました。基本知識を知ることでアンテナの感度が高くなり、より充実した支援を行っていただければと思います。

1 遺言書の基本

「住職、私が亡くなったらこのお金を寄附します」という趣旨のことを言われたことがあるご住職もおられると思います。実際に、私の知り合いの住職さんで、檀家さんからこのようなことを言われて、その方のお通帳を預かった方がいます。ご住職は、その方が亡くなられたあとに、金融機関に通帳を持って行きましたが、窓口で「引き出せません」と言われたそうです。

何で引き出せないのでしょうか。それは、「遺言書」がないからです。お亡くなりになった方の財産は基本的に相続人のものです。それを第三者が貰うには、遺言書で「〇〇寺に寄附します」と書いておいてもらうことが必要となります。死因贈与という方法も別途ありますが、ここでは遺言書について説明させていただきます。

(1)遺言書の形式

遺言書は、一般的に「自筆証書遺言」か「公正証書遺言」で作成されることがほとんどです。「自筆証書遺言」は遺言者(遺言書を書く人)が自筆で書いていきます。

自筆証書遺言は、最近の法改正で、法務局で保管してもらえる制度(自筆証書遺言保管制度)が新設されました。また、遺言書の一部に関してはパソコンで入力してプリントアウトしたものでもいいなど利便性が高まってきています。

一方、「公正証書遺言」は、公証役場というところで公証人に作成してもらう制度です。公証人は、元裁判官や元検察官などが就任しており、いわゆる法の専門家が作成することになるので内容に関して法律上の不備に関する心配はないです(絶対とはいえませんが。)

(2)遺言書の効力

自筆証書遺言でも公正証書遺言でも法律上の要件を備えているなら、両者に効力の差はありません。しかし、遺言書の作成を弁護士や行政書士などに相談すると「公正証書遺言」の作成を進められることが多くなります。

なぜなら、紛争防止としての効果が見込めるからです。

自筆証書遺言は自分だけでいつどこで書いてもいいので、法的効力のない遺言書を作ってしまったり、内容が矛盾していたり、場合によっては、誰かが横にいてその人の指示に従って書くこともできます。そのため、あとあと紛争の元になりかねません。

一方、公正証書遺言の場合はそのような心配がほとんどなくなります。例えば、遺言書に「〇〇寺に寄附します」と書いてあったとしましょう。自筆証書遺言だと、あとで相続人の方から、「住職が書かせた」と言われかねません。しかし、公正証書遺言だと、公証役場の席では利害関係人(相続人や寄附を受ける人など)は立ち会うことができませんので、本当に遺言者の意思で作成したものだと推定されやすくなります。
このような理由から、遺言書を書くなら公正証書を選ぶことをお勧めします。

(3)遺言書作成の必要書類

自筆証書遺言の場合は、必要書類はありません。公正証書遺言の場合は、戸籍謄本や印鑑証明書などが必要になってきます。誰に相続や遺贈させるか、不動産の有無などで必要書類が変わってきますので、詳しくは、作成を依頼する公証役場にお尋ねください。弁護士や行政書士などの専門家に依頼すると、必要書類は変わりに集めてもらえます。

(4)遺言書作成の費用

自筆証書遺言の場合は、自分で紙に書くので費用はかかりません。書いた遺言書を法務局に預ける場合は手数料として3900円が必要になります。公正証書遺言を作成する場合は、公証人に支払う手数料が必要となります。手数料の額は、内容、財産額、何名に渡すかで変わってきます。私の経験上、一般的には5万円から10万円ぐらいに収まることが多いように感じますが、一概にはいえません。また、公正証書の場合は、利害関係のない方2名の立ち合いが必要になります。1人あたり8千円から1万円ぐらいをみておくといいでしょう。

その他、自筆証書遺言であっても公正証書遺言であっても、弁護士や行政書士などの専門家に依頼する場合は、専門家報酬が別途必要になります。相場的には10万円から25万円ぐらいでしょう。これも内容が複雑であるとか、財産額などでも変動してきますので、事前にお見積りをとってからご判断ください。

(5)細かいノウハウまでは踏み込まない方がいい

遺言書の書き方などは、雑誌やテレビなどでもよく取り上げられ、住職様も終活支援を繰り返していくと色々なノウハウを得てきます。しかし、遺言書の作成は、実は奥深いものがあります、ノウハウとは手続き的なノウハウではなく、亡くなったあとの実務的な内容のノウハウのことです。

この実務的な内容のノウハウは、民法以外の色々な法律や関係機関の手続きなども関わってきますので、住職様にはあくまで基本的なことだけをお知りおき頂き、細かいことは専門家を紹介する方があとあとのトラブル防止になります。また、専門家と連携することで、檀信徒の方の満足度もあがりますので基本的な部分以外の箇所は専門家にお繋ぎされることをお勧めします。なんとなくで支援してしまうと後で取り返しのつかないことにつながり、場合によっては訴えられる可能性もでてきますのでご注意ください。

2 任意後見契約の基本

(1)後見人

後見とは、例えば認知症などで判断能力が低下した方の代わりに法的な判断をすることで、認知症などで判断能力が低下している人の財産を守る制度です。お世話をする人を後見人といい、お世話してもらう人を被後見人といいます。

(2)法定後見と任意後見

後見には法定後見と任意後見があります。法定後見は、後見人を家庭裁判所が選任します。そのため、後見人の候補者を伝えることはできますが、全く知らない人にお世話をお願いすることになる可能性もあります。

なお、成年後見という場合、法定後見を意味して使われることが多いですが、正確な表現としては、成年後見のなかで法定後見と任意後見に分かれることになります。

任意後見は、自分で後見人になって欲しい人を選び、その方とあらかじめ契約することで成立します。任意後見は自分でお願いしたい人と契約することが必要となりますので、判断能力があるうちに行う必要があります。契約は公正証書で作成し、公証人から登記をしてもらう必要があります。

(3)任意後見契約は判断能力が必要

前述のように、任意後見契約は「契約」なので、契約内容を理解したうえで締結することになります。法定後見は判断能力が低下してから家庭裁判所に申し立てをするわけですが、任意後見の場合は、判断能力が低下してからでは締結できません。そのため、早めの対策が重要になってきます。

(4)任意後見と委任契約

任意後見は自分が後見をお願いしたい人に予め契約で決めておく制度です。自分の財産を判断能力が低下したときにどのように管理して欲しいかをある程度自由に決めることができます。任意後見は、判断能力が低下したときに効力が生じることになります。その時に備えておくものです。ただ、いつの時点で判断網力が低下するかは誰にも分かりません。

しかも、人は脳の問題より先に足腰が不自由になることが多くあります。判断能力があっても体が不自由であれば財産管理も難しくなります。そうした場合に備えて、任意後見契約と一緒に委任契約を締結しておきます。

例えば、1冊の通帳に最低限のお金をいれておき、その通帳の管理をお願いして生活に必要なことをお願いしておき、判断能力が低下すると任意後見という形ですべての財産管理をお願いすることもできます。

判断能力があるときは、全ての財産管理を人に任せるのは不安ですが委任契約を利用することで、委任の範囲を限定することで安心して管理をお任せすることができます。なお、後ほど述べますが、任意後見を締結する場合、死後事務委任契約を合わせて検討することをお勧めします。

(5)成年後見に関する費用

法定後見の場合、申し立てとして裁判所に7千円ぐらいの費用がかかり、医師の診断書にかかる費用や鑑定を行う場合は鑑定に要する費用(10万円から20万円)がかかります。

任意後見の場合は、公証役場に対する手数料がかかります。1万3千円程度あれば謄本発行手数料も含めてお願いすることができます。その他、専門家に依頼する場合はその費用も必要になります。

後見が開始したあとは後見人への報酬が必要になります。法定後見の場合、管理する財産額によってことなり2万円から6万円程度を一応の目安としてお考えください。

3 死後事務委任契約の基本

(1)死後事務委任契約とは

死後事務委任契約とは、亡くなったあとの事務(法律行為以外のこと)を第三者にお願いするための契約です。例えば、遺体の引き取りや葬儀・永代供養の手続きや病院への支払いの精算、施設の退去手続きや家財道具の処分などです。

このような事務は身内の方が行ってきましたが、身内も高齢で対応が難しい、おひとり様でそもそも身内がいない、身内はいるが疎遠でお願いしにくい等、様々な理由から第三者に死後の事務お願いするケースは増えています。亡くなったあとのことなので、もちろん本人からお願いすることはできません。そこで生前に契約を締結しおきます。

(2)宗教法人は特に注意が必要

「ご住職さん、私が亡くなったら葬儀をお願いしますね」こんな言葉を言われたことのあるご住職様は多いと思います。しかし、そのあと、亡くなったあとに相続人の方から「葬儀はしないで欲しい」と言われたらどうでしょうか。お亡くなりになった人の生前の意思を実現できなくなります。また、葬儀をしたあと、「葬儀費用が高いから返して欲しい」など言われたらいかがでしょうか。ご住職様からすると、生前に本人から依頼されたから執り行っただけですが、亡くなった後だと本人に確認することもできません。

そのような場合に備えて、死後事務委任契約を締結し、書面で残しておくことが大切になります。死後事務委任契約は任意後見契約と異なり、必ず公正証書で行う必要はありません。
ただ、ここも、これまで述べてきた理由から公正証書で作成しおくことが無難です。

また、葬儀費用に関するトラブル防止として、生前に葬儀のお申込みを費用の前払いを受けておき、死後事務委任契約も締結しておく方法もあります。

(3)遺言書や任意後見契約との連携

死後事務委任契約は、前述のように、病院などへの支払いを行ったりします。そのため財産にかかわる部分があるので遺言書との整合性が大切になります。遺言書と死後事務委任契約との内容に矛盾があるとトラブルの元になりますのでご注意ください。遺言執行者と死後事務委任契約の受任者を一緒にしておくか予め連携をとれる体制を作っておくことが大切です。

任意後見契約との連携も必要です。後見は基本的に、生きている間の財産管理の制度なので亡くなった時点で後見人としての役割が終了(権限がなくなる)するのが原則です。

最近の法改正により、法定後見の場合は法律上、裁判所の許可を得て埋葬に関する契約を締結することなどが認められるようになりましたが、任意後見の場合にそのような権限はありません。
従って、任意後見を締結する場合は死後事務委任契約の検討もしておく必要があります。

(4)死後事務委任契約に関する費用

死後事務委任契約を公正証書で作成する場合は公証役場への手数料として1万3千円程度を目安にしてください。実際の死後の受任者への報酬はどこまでお願いするかで変わります。法律上の規定があるわけではありませんし、無償とすることも可能です。専門家に死後事務委任契約の作成をお願いする場合は別途費用も必要になります。

4 遺言の撤回、任意後見・死後事務契約の解除

以上が、終活支援を考えている宗教法人の方に知っておいて頂きたい遺言・任意後見・死後事務委任契約の基礎知識となります。最後に補足として、一度これらの書類を作成したとしても全て撤回ないし解除することもできることもお知りおきください。

遺言書を作成する人の中には、遺言書を作ると「自分の財産が自由に使えなくなる」と考える人もいます。しかし、そんなことはありません。遺言書を作っても自分の財産は自由に使えます。もし、その結果、亡くなったときに遺言書に書いていた財産がない場合、その部分については効力がなくなるだけです。

また、遺言書は何回でも作り直すことができますし、そもそも遺言書自体を撤回することもできます。
任意後見契約と死後事務委任契約も同じです。一度契約しても、その方との人間関係や事情の変化にあわせて見直すことも十分できます。

ただ、任意後見に関しては、作成のときに公正証書で作成する必要があるため、解除するときも公正証書で行うか、解除した書類を公証人に認証してもらう必要があります。また登記もしていますので終了の登記申請も必要となります。なお、任意後見契約を作成するときは公証人が登記の申請をしてくれますが、任意後見契約の解除の場合は、終了の登記は自分で行うことが必要となります。司法書士に委任することも可能です。

いずれにしても、判断能力がある間は、作ってもやり直すことはできます。しかし、判断能力が低下してしまうと何も作れなくなってしまいます。そうなってしまうと何も対処できなくなってきます。そのため、ある程度重要なことが決まっているのであれば、作る方向で対応しておくことをお勧めします。

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